こんなん見たよ

〜 刑務所の中 【映画】 〜


監督  崔洋一
出演  山崎努、香川照之、田口トモロヲ、窪塚洋介
制作  2002年


古麻呂歩

 刑務所というのは、悪い人がいる所である。 悪いことの中でも、かなり悪いことをした人がいるのである。 そこそこ悪いことの場合、日本の法律では刑務所に行かなくても済む。 反対に、もの凄く悪いことだと、なかなか刑務所にたどり着けなかったり、 刑務所からすーっといなくなったりするようである。

 このお話の主人公ハナワ(山崎努)は何をしたかというと、銃刀法違反と火薬取締法違反である。 懲役3年。 銃刀法違反といえば、拳銃や日本刀が頭に浮かぶ。 若いヤツならナイフというのもアリだが、山崎努がキレてナイフで刃傷沙汰なんて考えにくい。 拳銃か日本刀……ヤクザ映画の必須アイテムだ。 しかし、このハナワはヤクザではない。 その周囲にいる、同じ臭いの人間というわけでもない。 まあ逮捕されているのだから、一点の曇り無く綺麗に生きていたわけではないだろうが、 Vシネマ的な香りなど全くしない。

 ハナワは休日に、仲間とサバイバルゲームに興じるオヤジだ。 電車が頭上を走る河川敷で、アーミールックに身を包み、パチパチと鉄砲を撃つ。 被弾すると血のりを胸に、仲間の腕の中で息絶えて見せたりする。 なんとも微笑ましいオヤジである。

 しかしサバイバルゲームで遊ぶオヤジは、おもちゃだけでは飽きたらず、 本物もこっそり所持していたのである。 羨ましがる仲間に自慢して、こっそり試し撃ちをし、気が付いたら塀の中にいたのであった。

 塀の中の生活は僕の知るところではない。 幸か不幸か、いまだに行ったことがないのである。 間接的に見聞きするところでは、規則正しい生活、厳しい規律、制限された人権といった感じだ。 もっと脚色すると、ヤクザの命を狙うヒットマンが送り込まれてくるのである。 実際、ヒットマンが来るようなことはそうそうないだろうが、 どことなく尖ったイメージがなくもないというわけだ。

 ハナワの生活は、とても規則正しい。 起床も食事も作業も、全てが時間通りに行われる。 規律も厳しい。例えば、作業所に向かうために廊下に整列するとき、 決められた歩数で部屋から出て、列に加わらなければいけない。 罪人だから人権が制限されているのは仕方ないが、 トイレに行くのも許可を請い、トイレへも決められた歩き方で行かなくてはいけない。 生理現象に関してまで自由が利かないとは、大変なことだ。 でも、大便か小便かを申告し、いずれかが分かる札をもらってトイレの前にかけて用を足すというのは、 ちょっとした人権問題にも思えた。

 刑務所は、ある程度僕の思うような所だったのであるが、 ヒットマンは来ない。
罪を悔いて、悔いて、悔いて……
関係者を呪って、呪って、呪って……
脱獄を虎視眈々と狙う……
 こんな事もなかった。

 刑務所というのは学校のような所だ。 勉強やテストこそないが、同じ格好をし、首をひねりたくなるような決まりの中で暮らしている。 映し出される受刑者の生活を見ていると、僕の記憶は中学校にすっ飛んだ。 でも、体操体形(ラジオ体操などをするときに、隣と手がぶつからな いように間隔を開けて広がる)に開く時、僕らは「体操体形に開け!」と命じられていた。 一方、刑務所では「開いて下さい」とお願いしていた。向こうの方が待遇がよい。 先輩後輩の奇妙な主従関係もないし、酷いいじめもない。 そう考えると、向こうの方が上等に思えるのであった。

 この映画はコメディーに分類されるらしいのだが、大笑いするタイプのものではない。 中崎タツヤの「じみへん」という漫画があるが、この世界に似ていると思った。 この映画も原作は漫画だそうだから、当然といえば当然か。 シュールという言葉が合っているのか分からないが、淡々と静かなときが流れる中に、 くすりと笑える所がある。 人間はきっと、どんな状況にあっても苦しみや悲しみに一途になることは出来ないのだと思う。 悔いたり、呪ったりだけをずっと続けることは出来ず、自分だけの楽しみや可笑しいことを作り出してしまうのだ。 その可笑しさを楽しむ映画だと思った。

 受刑者たちは皆一様に甘いお菓子を欲しがる。佃煮の甘さやフルーツにとろけたり、 正月に出るという羊羹、娯楽の日に振る舞われるチョコレート付きのお菓子を心待ちにしたり、 テレビから流れるお菓子のCMに喉を鳴らしたり。 僕は「酒飲みたい」とか「煙草吸いたい」の方がしっくりくるように思ったが、ハナワもみんなも 甘いモノを欲していた。現実はそんなものだろうか。これだけが疑問だ。


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